昭和41年01月13日 夜の御理解
学院行きの事、皆さんがいろいろ、一番よい道を椛目全体の者が歩かせて頂こうというので、いろいろ討議がありまして、結局まぁ私が学院に参りますと、そのあと皆さんの信心が、めいめいの助かりと云う事に焦点をおいて、本当におかげを受けておるという信者は、まぁ金光教の信心の信者の全部がおかげを受けておるから、金光様のご信心を続けておるので御座いましょうけど、自分が真実お道によって助かると云う事の為に。精進しまた助かっておるという人は。
そう沢山はおるまいと。椛目でも、これだけ沢山の者がおりますけども、おかげを頂いて参りました15年間、けれども、そのお道の信心によって、椛目の信心によって、皆が助かっておると、云う事は言えないね。ですから、私共が助かっていないと云う事を一つ突き止めて、私共が教えによって、何時も助け、本当に私共が、その教えによって、何時も支えられておると。
教えによって何時も、私くしが助かっておるという、おかげの頂けるところまで、ひとつ信心を進めて行こうと云う様な、話し合いが御座いましたが、私は今日の様な話し合いを、皆の人が集まってなさると云う事が、そのまま、天地の親神様のお喜びだと思いますね。「私はこげなんおかげを頂いたもう、こういう信心して、こういうおかげを受けた」と、こういう信心して、こういうおかげを受けたという話は、そのそりゃ全国のお道の信奉者の全部が言えれる事であり、受けておる事であろうと思うけれど、お道の信心によって本当に助かっておると。
今日、ある方がお参りされてからもう、本当に私は椛目に御縁を頂く様になって、自分が助かっておると思っとった、本当に有り難い、もう助かっておると本当に思っとった。そしたら元旦祭におかげを頂いてから、先生の御理解を頂いて、いよいよ今年はそこに焦点をおいてね、その事が嬉しゅうなる様な、信心をさせて頂こうと思うて帰らせて頂いたら、あるその、日頃思うてなかった様な、忘れておった様な人がです見えて、その昔の問題を持ち出した、ところが途端に私くしの心が、元旦早々爆発してしまってから、本当に爆発しながらもです。
もう元旦早々失敗しようるとこ思いながらも、その後に私が今まで教えによって助かっておったと云う事は、本当の助かりじゃなかったんだと、神様元旦早々失敗致しましたから、本当に今年こそ、ここんところに焦点をおいて、助からせて頂きますと言うてお誓いしたというお話を、今日参って来てしておられましたですけどね。助かるというのはそんな事だと思うです。
自分が助かっておりゃ、腹を立てることはいらんと、自分が助かっておりゃ不平を言うことはいらんと、信心で助かると云うことはそんなことだと思うんですよ。いや腹の立つ様なことが、またその爆発しなければならない様な事柄がですね、御神意を思えば思う程有り難とうなって来るというのでなければです、私は本当のお道の信心によって助かって行くと云うことはない。
だからそこをまぁ失敗しながらもです、そう言う風に、そこに焦点をおいていよいよ助かりへ向かって、助かりへ助かりへと私共の信心が進んで行くと云う、その意欲を持つ様なです信心。おかげを頂くこつあいばかりを研究せずにです、本当に自分が助かると云う事の為に信心精進しなければならないと言う様な話し合いを今日させて頂いたんです。 皆さんね、私はそう云う様な、今日ここで話し合いがです。
家族でも本当に銘々が助かる事の為に信心をするぞと、云う事になって来なければならんと思うですね。私が例えば一年間留守に致しましてもです、銘々が本当に自分達、その中から助かって行こうとする願い、そういう意欲をもった信心させて貰うなら、それこそ椛目は、微動だもする事はなかろうと私は思いますです。どうぞ、そういう椛目で微動だにしないと云う事ではなくてから、自分の家で微動だもしない、そういう助かりを求めての信心に、一つならせて頂く事を願いとしなきゃならんと思いますね。
どうぞ。